2014年11月9日日曜日

剣道

剣道はじめました。












・母親が中高と剣道部でそこそこ強かったらしいこと
・何かのイベントで居合道の居合い切りを見て感動したこと
・テレビ番組で剣道対決をやっていたのを見て感化
・いつぞやニコ生でるろうに剣心一挙放送をやっていたのを見て感化
・道着が着たかったこと
・剣が持ちたかったこと
・見た目がいかにも弱そうなので、
 これでも「剣道段持ちです」という意外性がほしかったこと
・運動がしたかったこと
・心身ともに鍛えたいこと


という


非常に単純な動機です。


私には人より秀でてできること、特技・趣味がありません。
習い事とかしてないし、お料理はクックパッドみないと作れないし
仕事で何か資格持ってるわけじゃないし。


仕事人間じゃないけど、仕事をとったら私には何もない。
ただの病人。
「私はこれができます!」って胸をはって言える強みがほしかった。


あとは機械屋の彼に甘えてばっかりなところがあり、
彼離れをしようかなというのもちょっとしたきっかけだったり。


仕事でいやなことがあったり、人間関係でいろいろあったり
病気関係でいろいろあったり、
何かあった時、
黙って私の話を聞いてくれるのはいつも機械屋の彼でした。
まだ同棲も何もしてないけど、機械屋の彼と行動することがほとんどです。
今もそうだけどな!www




ちなみに友達はいますよいちおう。決して多くないけど。




私事務職の友達はみんな小売業なので、なかなか休みが合わず、
会う機会がないのです。


話は脱線してしまいましたが・・・。


ということで、先日初稽古に行って来ました。


結果:病人にはキツイけど楽しい




竹刀は左手で持ち、右手は添えるだけという持ち方なので
握力がない私には構えるだけで精一杯、手首が痛くなりました。
そんな握力がないところで素振り約100回とかねwww鬼www
それに、へんに肩に力が入ってしまい、稽古後は肩こりがやばいです。
足はすり足で足さばきも難しく大変です。。。


時間は人の数倍かかるけど、
試合とか出たいし、段持ちですがなにか?(ドヤッ
って言ってみたいwww


身体痛くなるしきついけど、
今まで運動ができなかった分、
運動ができるようになったことへの喜びを考えると楽しいです。

2014年9月20日土曜日

変革の時期。新たな一歩?

まだ未定ですが。


前回の記事で目標がないとかわーわー書きましたが。


やりたいこととかはいっぱいあるんですよね。






で。






ようやく1つ。






いままでずっと病人として生きてきた中、
新たな一歩?を踏み出す決意を致しました。


10月より、少し環境が変わるのでこれを機会に?
というか、今まで延ばし延ばしになってたことをやろうかなぁと。






なにをどう決めたかはまだ内緒。確定ではないし、予定なので。


でも私にそんなんできるのかなという不安もあり。
というか公私ともに環境がちょっと変わるにあたり不安いっぱいですが、
それでも、今回のこの一歩は私の今まで生きてきたなかで
大きな一歩なので、少し楽しみにしている気持ちもあったり。




何かに挑戦することはものすごく勇気もいるし、
「やりたい」から「やる」に行動を起こすには
「あー今日疲れたから明日にしよー」みたいな
いわゆる後回しなタイプで、性格的にものすごくとろい私。


まあ、人生なにがキッカケかわからんね!www




でも、こうやって移植を受けていろんなことができるようになり、
いろんなことに挑戦できる機会があるということは
本当にdonor様・donor familyの善意があってからこそだと思います。
・いろんなところに旅をする
・免許とったりアクティブに活動する
・2ヵ月おきに1人で片道約2時間半のとんぼ帰り通院(だんだんしんどくなってきry)


これからも平均寿命までずっとdonor様と共存で頑張ります。

2014年9月6日土曜日

キャリアを積むとは

どういうことだろう。




最近よく考える。


私はいまのカイシャ(病院)に初社会人として入社して、
経験5年未満のいわゆる若手の類に入るわけだけど。


自分が今後どうなりたいかとか、
どういうふうに仕事をしていきたいとか
ゆくゆくは役職とかにつきたいのかとか。






正直に言おう。




な に も 考 え て い な い 。






移植を受ける前までは、
「移植を受けて、社会に出て自分のカネでごはんを食べ、人並みの生活をする」
という移植がほんとに受けられるかわからず下手したらいつ死んでもおかしくない中、
自分の体調優先命大優先の生活をしてきたわけで。


だから、小学校以降の修学旅行も行ってないもしくは行けなかったし、
学校もまともに行ってない。卒業だけはちゃんとしたけど。
部活でオーケストラのしがないバイオリン弾きやってたけど、
あまりにも入退院繰り返しすぎて一時期幽霊部員化し、
毎年ある定期演奏会もきちんと出れたのは卒業年のみ。


家族や友人、当時付き合ってた彼氏や周りの人たちからは
「私」と、ときどき「病気を持った私」として大事にされてきた。


そりゃああたり前だ。家族だろうが友達であろうが彼女であろうが
病気をかかえてたら普通は気にするでしょ。


婦長やえらいヒトと面談したりお話するときに
「普通の人が経験しないであろう大変な経験をしてきたからこそ、
その経験が絶対役に立つ」


っていうけどさ。
逆に普通に学校に行って、普通に友達と遊んだり
大学とか専門とかいって勉強しつつときには朝まで遊んだり、
高校卒業してすぐ働いて社会の荒波に揉まれつつ、休みの日は飲んだり遊んだりとか
普通の人が経験するであろう経験をしてないんだよね・・・。


もちろん、婦長や偉いヒトが言うように、
病人として歩んできて普通のヒトにはない目線とか感覚は持ってる自覚はある。
ただ、その分普通のヒトが持ってるであろう感覚の一部が私は欠落してると思ってる。
何が欠落してるかは具体的にはわからないけど、
そう思ってしまう瞬間がときどきある。


話が脱線してしまいましたが。


自分の身体最優先で生きてきたのが、術後人並みの生活を送れるようになった今、


目標がない。


仕事もプライベートも。


気がついたら春がきて夏がきて、冬になり年が明け、また春が来る。
大忙しな決算期がきて、ひと段落したらまた業務シャッフルがあったりなかったり
年度末になってまた決算期がくる。涙
年もとるし、それととも術後経過年数もたっていく。


カイシャでは毎年全体の目標設定、部署毎の目標設定と、職員個人の目標を設定し、
それにむかっていろいろ取り組んではいきますが。
でかい声では言えないけど、個人じゃなくて全体のあの目標設定って機能してるのかry




仕事やプライベートではあれができるようになりたいとか
これがしたいとか資格とりたいとかはあるけど、
大きな目標ってないんですよね・・・。
車はまだないけど免許もとったし、大事な大事な機械屋さんもいるし。




ああそうか。
そういう小さな「あれができるようになりたい」っていう気持ちが
そもそも目標なのかな。


なんかだらだら書いてたら少しすっきりした気がします。

2014年8月3日日曜日

変化。公私の私の話。

またもや前回の記事からうんヶ月後。



更新するまでに私の事情やまわりの事情や世の中の事情がどんどん
変わっていっているね!www




さっそく本題ですが、プライベートな面で変化のあったことは


  • 運転免許(普通車はATに限る)を取得
2●歳してようやく運転免許取得しました!
昨年の8月から、夏休み満喫のリア充学生にまじって
職場の皆様に応援してもらいながら、仕事を普通にしながら通いました。
予定では昨年10月には免許とれるはずだったのですが、
諸般の事情、というか私の運転技術のなさに半年近くかかって今年1月に無事卒業。
落ちると思っていた本免試験も一発で受かり、
免許センターでまじ泣きしたのはいい思い出です。
マイカーも購入したんだけど、諸般の事情によりいまは車なし。※察して下さい
たまに運転練習という名目で、オカンの車を夜のみ走らせています。

  • 術後5年以上10年未満経過
おかげさまで、rejectionを起こすことなく、移植患者としては中堅どころの年数がたちました。
法改正後、移植患者も徐々に増え、かつ移植外来の待ち時間もどんどん長くなる。涙
そして毎年恒例のTBLB(肺生検)が来年の定期検査入院よりなくなりました!
泣きながらげろげろえづきながら頑張った咽頭麻酔の苦痛とももうおさらばです。
※ちなみに、今年の定期健診は後述します私の大事な機械屋さんが2-3日ほど
付き添ってくれたので頑乗り切りました。

  • 大事な友人が結婚秒読みか?
自分のことじゃないwww
でも中学高校ですごく仲の良かっただいじなだいじな友達がいつの間にか彼氏と
同棲していたという話を聞き、おねえさんびっくりやで!!www
同棲するかしないかでずっと悩んでいたみたいですが、よかったね。
でもケンカが絶えないらしい。目玉焼きにはソースかしょうゆかみたないことでケンカするって
まじだったんだと友達から聞いてびびった
まあ、なんだかんだ言って仲良くやってるみたいだし、遠くからおねえさんは見守っているよ!www


そんな私は、何の巡りあわせなのか、大事なひとができました。

私が移植患者と自ら告白する前に、
気管切開の痕と(めんどくさいので傷跡を隠したりすることはしない)
飲んでる薬と普段の行動っぷり(常にマスクしてる)で移植患者といい当てたへんな人です。

さすがに「肺移植患者」まではわからなかったけど。


ちなみに、医者や看護師等の類ではなく、
超絶理系あたまの機械屋さんです。(機械屋って言うと怒るんだけどwww)


機械屋だけど機械屋っぽくない発言するし、
ステロイドの副作用による骨スカスカでバテやすく体力のない私を
「運動がてら週に1回は絶対外に連れ出す(`・ω・´)」と体力づくり&骨強化対策として
自然散策に連れ出してくれたり、
私の青春取り戻し旅という名目?で一緒にあっちこっちでかけてくれるし。
彼なりに勉強しようとしてくれているのか、移植学会についてきてくれたり
検査入院で一番しんどい時に付き添ってくれたことがとても心強いというか、
励みになりました。

それに、90年代の知る人は知るけど超マイナーPCゲーの
mystシリーズの話が通じたときは運命を感じましたwww

そんなこんなで、機械屋のひとと仲良くしつつ、ひーひー言いながら仕事しつつ
普通に問題なく生活してます。



あと最近また仕事増えた。新しいことを覚えるのが大変苦手な私は四苦八苦しながら半泣きになりながら
なんとかやってます。

おわり。

2014年2月8日土曜日

変化。公私の公の話

相変わらずご無沙汰なブログでごめんなさい。


ってこのブログ、どんだけの方が読んでいただいているのか
もはや謎ですが・・・。




とうの私ですが
結論から申し上げますと、いたって健康です。
ノロウィルスで一時期世間を騒がせたお弁当どんどんの国に住んでおり、
カイシャも病院なので身の危険をおぼえる毎日でしたが
ノロになることもなく、インフルや風邪もひくことなく。
逆に超病人の私より職場の人が風邪やらインフルやら花粉やらで
えらいことになってましたが・・・。




さてさて。
ブログをお休み?している間にいろいろ公私ともに大きな変化がありました。
長くなりそうなので、とりあえず仕事的な話から。


・社会人としてはじめてのカイシャではじめての上司が異動でわりと傷心気味な日々
 
 
 
   社会人として大事なことや、数字のことを何もわからない私にゼロから
   教えていただき、いろいろと指導してくれました。
   現金出しにも一苦労だった私が、今ではカイシャのかけ払いの8割近く処理し、
   
   その傍ら債権をたて、現金出しもやりわりとコアな部分を処理しています。
   お会いできる機会があれば感謝の気持ちを伝えたいです。


・上司のかわりに新メンバー現る
   上司異動に伴い部署内の配置換えということで
   私と年の近いBさんが上司といれこになって新体制になりました。
   今までは何か相談事や仕事上での悩み事などを相談できるのは
   上司Aさんしかおらず、とはいえ上司は上司なので
   ところかまわず?いつでも気軽に相談できるような気にはなれません。
   そんな中、年の近いBさんがきてくれたことでいろいろと気が楽になりました。
   Bさんいつもありがとう。


・仕事量が増えて頭がついていかず、苦戦する
    
   私は人一倍物覚えが悪く、入社する前に数字的な勉強をしてきたわけではありません。
   
   今までは、質問すれば上司がすぐに答えてくれたり教えてくれたりしたのですが
   そんな上司もいなくなってしまいました。
   今は先輩に質問したり確認したりしていますが、
   
   それだけではいけないという危機感を持ち始めました。
   消費税も上がることだし、本を読んで勉強する日々です。


   
   
・数字業務的イベントごとがあり、帰りも遅く心身ともに参っていた日々
   なんかしらんけど、去年はイベントごとが多々あり、しかも
   イベント事が重なりまくり・・・。残業があたり前な日々になっていたやもしれぬorz




結論:人がかわって仕事増えたwwwww